2019.06.27

斜陽・人間失格

●『斜陽』太宰治(角川文庫) 
●『人間失格』太宰治(新潮文庫) 

両書とも高校時代以来の再読だ。 
初読後、三島由紀夫にかぶれたせいで、 
太宰作品とは遠ざかっていた。 
三島由紀夫は大の太宰嫌いだったからだ。 

いまさらながら再読したのは、太宰作品が 
暗くて嫌いという最近の身近な何人かの評による。 
いい加減、暗いとか明るいとかだけで、 
評価するのはやめてくれないか。 

文学が相手にするのが「人間」である限り、 
明るい面もあれば暗い面もある。 
暗くて何が悪い。 
そもそも、太宰作品には、独特のユーモアがある。 
それをただ暗いと断ずるのがおかしいのだ。 

たしかに、『斜陽』にも『人間失格』にも、 
「死」の陰はある。 
しかし、「死」は文学の最大テーマだ。 
「死」を考えるからこそ、「生きる」ことの 
真実が見えてくる。 

久方ぶりに再読してみて、意外と内容を覚えて 
いるものだなあ、という感想をもった。 
もちろん、ああこれはこういう意味だったんだ! 
という、再発見もあった。 

やはり名作というのは、若い頃に一度読んで 
おいたほうがいい。 
それを後年再読する喜びは何ものにも代えがたい。 

いずれにしろ、幸福な読書時間を与えてくれた。

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2019.06.20

真夏の方程式

●『真夏の方程式』東野圭吾(文春文庫) 

本屋でめぼしいミステリーを漁っていると、 
つい当たり外れの少ない東野作品に手が伸びる。 
多作な作家なので、とても全作品を読みきれて 
いないが、いままでハズレはない。 

東野作品に共通していえるのは、どれも一種の 
「人情物」であるということだ。 
トリックも練りに練られているが、事件に至る 
までの人間模様に惹きつけられる。 

本書はガリレオシリーズの第6弾。 
舞台は架空の観光地、玻璃ヶ浦。 
仕事で当地を訪れた湯川は電車の中で知り合った 
少年、恭平の叔母一家が経営する旅館に宿泊する。 

事件はその夜起こる。 
同じ旅館に宿泊していた客が変死体で発見されたのだ。 
しかも、その客は元刑事だった。 
当初、単なる落下事故であると思われたが、解剖の結果、 
死因は一酸化炭素中毒であったことが判明する。 

湯川と県警とガリレオシリーズではお馴染み警視庁の 
草薙、内海コンビの捜査が三つ巴で進む。 
やがて、死亡した元刑事と意外な人物との関係が 
明らかになってゆく。 

湯川にとっても、少年、恭平にとっても、忘れられない 
夏になる予感を漂わせて物語は終わる。 
東野圭吾らしい感動作だ。

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2019.06.08

化鳥・三尺角

●『化鳥・三尺角』泉鏡花(岩波文庫) 

「化鳥(けちょう)」「三尺角(さんじゃくかく」ほか 
「清心庵」「木精(三尺角拾遺)」「朱日記」 
「第二菎蒻本」「革鞄の怪」「茸の舞姫」が収められている。 

仕事の関係で赤坂に行ったとき、老舗書店「金松堂」で購入 
した本。久しぶりに鏡花を読んだ。 
詳細な注がついているし、収録された作品も鏡花としては 
すぐ理解しやすい作品ばかりだ。 
上質な幻想短編集といえるだろう。 

私が鏡花にハマるきっかけをくれたのは三島由紀夫だった。 
いまは手元にないが、ある文学全集の鏡花集の解説だったか、 
月報だったか。三島由紀夫が鏡花の復権を訴え、いますぐ 
鏡花全集に赴こうというような檄を飛ばしていた。 

当時、大学を卒業したばかりで、遅ればせながら就職活動を 
していた私は、会社説明会を抜け出して、神保町の書店で、 
なけなしの金をはたいて岩波書店の『鏡花全集』を購入した。 

どうやって家まで持ち帰ったのかよく覚えていないのだが、 
おそらくリュックに詰め込んで、入りきらなかった分は袋に 
入れたのだろうと思う。 
別巻を入れて三十巻の本をよく一度で運んだものだ。 

本書を読んで、そんなはるか昔を思い出した。 
急に懐かしくなって、手元にあった鏡花の文庫本を 
片っ端から読んでみた。 
『高野聖・眉かくしの霊』『春昼・春昼後刻』『草迷宮』 
『夜叉ケ池・天守物語』『日本橋』『照葉狂言』 
『鏡花短編集』(以上岩波文庫)『歌行燈・高野聖』 
(新潮文庫) 

鏡花ワールドにどっぷり浸かった一週間だった。

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2019.04.22

悪魔の手毬唄

●『悪魔の手毬唄』横溝正史(角川文庫) 

『悪魔が来りて笛を吹く』に続けて読んだ。 
舞台は兵庫県との境にある岡山県の鬼首村 
(おにこべむら)。 
この村には、いまでは高齢者しか知らない 
不思議な手毬唄がある。 

事件はこの手毬唄の歌詞をなぞるように、 
起きてゆく。 
クリスティの『そして誰もいなくなった』 
などでもお馴染みの趣向だ。 
ただし、この手毬唄の存在が発覚するのは、 
すでにいくつかの殺人が起こったあとだ。 

横溝正史の作品を読んでいて感じるのは、 
「血」の問題だ。 
血は争えないというが、血が事件を引き起こし 
ていく。 
本作でも「血」は重要なキーとなっていた。 
「血」が現在の事件と二十年前の迷宮入り事件 
を結びつける。 

横溝正史の魅力の一つはまさしく、日本人の 
「血」の問題をテーマにしていることだと思う。

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2019.04.12

悪魔が来りて笛を吹く

●『悪魔が来りて笛を吹く』横溝正史(角川文庫) 

実は、横溝正史はまだ『獄門島』と『本陣殺人事件』 
しか読んだことがない。 
角川映画でブームになった頃も乗らなかった。 
『八つ墓村』や『犬神家の一族』は映画で観たが、 
原作は読んでいない。 
決して嫌いな作家ではないし、むしろ好きなのだが、 
ブームに乗るのが嫌だったのだろう。 

しかし、好きな作家で未読の本がたくさんあるのは、 
楽しみなことである。 
本書も、やるせないような人間の性をめぐる謎解き 
物語で読ませる。 

帝銀事件をモデルにした宝石店大量殺人事件の容疑者 
となった椿子爵の自殺に始まって、椿家関係者が次々と 
犠牲になっていく。 
殺人現場で奏でられる椿子爵が作曲したフルート曲 
「悪魔が来りて笛を吹く」。 

果たして、一連の事件は死んだはずの椿子爵の復讐なのか。 
一癖も二癖もある登場人物たち。 
椿家関係者が抱える深い闇が、金田一耕助によって、 
解き明かされていく。 

いいねえ、横溝ワールド。 
なにより書き込まれたディテールが効いている。 
密室殺人を扱っても無理やり感を感じさせない。 
根強いファンが多いのも頷ける。

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2019.04.03

第四の扉

●『第四の扉』ポール・アルテ(ハヤカワ文庫) 

平岡敦訳。 
アルテはフランスのミステリ作家。 
ジョン・ディクスン・カーの影響を受けてミステリを 
書き始めたという。 
そのためフランスのカーと呼ばれている。 
本書は作者にとって2作目に当たるが、1作目が限定出版 
だったので、実質的なデビュー作といえる。 
タイトル、舞台設定、謎解きなど、なるほどカーの作品を 
彷彿とさせる。 

ある田舎町にある幽霊屋敷。 
主の夫人が凄惨な自殺を遂げたいわくつきの屋敷だ。 
間借り人はなぜか逃げ出すよに去ってしまう。 
そこに新しく間借りしたのが霊能力者の夫妻だ。 
ある日、夫妻は自殺した夫人の交霊実験を試みるが、 
思わぬ殺人事件が起こる。 
完全な密室殺人だ。 

次々と起こる怪事件に、読者はいったいどのような 
解決策があるのか大いに興味をそそられる。 
後半では見事に事件が解決されるのだが、 
最後の一行まで仕掛けが施されている。 
ええっ、そうだったの。 

密室殺人の解決にはどうしても無理が生じるものだ。 
決して嫌いではないが、やはり腑に落ちる 
人間ドラマが欲しくなってしまう。 
それでも不可能犯罪に挑戦するアルテには脱帽する。 
アルテにはまだ未訳の作品が多くあるが、 
既に訳された作品をもう少し読んでみる気になった。

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2019.01.01

沈黙のパレード

●『沈黙のパレード』東野圭吾(文藝春秋)

新年の第一冊目は東野圭吾にした。
ガリレオシリーズの最新作。
このシリーズは全部読んでいるわけではないが、
単独でも楽しめる作品となっている。

物語の舞台は架空の町、東京都菊野市。
この町で飲食店を営む主人の娘が、
ある日突然行方をくらました。
数年後、その娘の遺体が静岡県で見つかる。

容疑者は、以前にも少女殺人の疑いで逮捕されながらも、
無罪になった男だった。
そして、今回も、男は証拠不十分で不起訴となった。
被害者遺族を嘲弄するかのように、飲食店に現れた容疑者。
関係者の怒りは高まる。

そんな最中、町の秋祭りが行われる。
その日、なんと容疑者が死亡していた。
警察は殺人事件として捜査を始めるが……。

事件の首謀者たちは、暗示されているので、
一種の倒叙ミステリーとしても読める。
殺されたのは人間のクズのような人間だ。
読者は、湯川が真相をあばかないように願ってしまう。

読後、あまりに意外な真相に呆然とする。
東野圭吾。一筋縄ではいかない作家だ。

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2018.12.02

怪奇クラブ

●『怪奇クラブ』アーサー・マッケン(創元推理文庫)

謎めいたプロローグから始まり、
3人の詐欺師にからんだいくつかの怪奇短編が
語られる。
いずれもマッケンらしい、超自然的な恐怖を
描いたものだ。
なかでも印象的だったのは、怪しげな粉薬を飲んで
肉体が溶けてしまう青年の物語。

マッケンの作品には、人間の世界と並行して、
異人たちのはびこる世界があり、
ときおり、その異世界に触れた人間が、
異常な体験をする物語が多く語られる。

マッケンは、なかなか正当な評価を得られず、
不遇な生涯を送った。
だが、あのラブクラフトにも影響を与えた
数々の作品はいまも黒い輝きを放っている。

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2018.08.25

いまは、空しか見えない

●『いまは、空しか見えない』白尾悠(新潮社)

今月で閉店するという高田馬場のブックファーストで、
最後に買った本。
高田馬場も新刊書店はとうとう芳林堂だけになった。
早稲田の古書店もどんどん減っていくし、
寂しくなったものだ。

本書は第16回女による女のためのR-18文学賞の
大賞と読者賞をW受賞している。
帯で三浦しをんさんと辻村深月さんが絶賛している
ので読んでみることにした。

なるほど、いい感性してるねえ。
受賞作「夜を跳びこえて」(「アクロス・ザ・ユニバース」
改題)ほか全5編からなる連作集。

山梨県で厳格な父親に抑圧された生活を送る
女子高生・智佳(ともか)。
ある日、親に内緒で、東京まで憧れのホラー映画監督
の講演会を聴きにでかける。
ところが、行きの長距離バスのなかで同じ高校の、
お馬鹿ギャル・優亜と一緒になってしまう。

しつこく付きまとう優亜をもてあます智佳だが、
なぜ東京にでてきたかを打ち明けられると、
彼女に協力することにした。

智佳と優亜の企ては失敗するが、その夜、
智佳ははじめて父親に反抗する……。

微妙な年頃の少女たち。
傷つきやすく、もろくも、懸命に立ち上がろうとする
彼女たちを応援したくなる。

たしかに女性でなければ書けない繊細さ。
ディテールも丹念に書き込まれている。
映画関連会社にいたという作者ならではの、
ドラマ、映画づくりの現場描写もリアリティがある。

読後、あたたかい余韻を残す作品だ。

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2018.07.28

スクラップ・アンド・ビルド

●『スクラップ・アンド・ビルド』
 羽田圭介(文春文庫)

第153回芥川賞受賞作。
勤めていた会社を退社した主人公・健斗は、
単発のアルバイトをしながら実家で
行政書士の勉強をしている。

同居しているのは母親と祖父だ。
今年87歳になる祖父は、日がな薄暗い
部屋のベッドで寝転がっている。
別に寝たきりというわけではない。
口癖は「早う迎えにきてほしか」。

健斗はふと、あることに思い至る。
「自分は今まで、祖父の魂の叫びを、
形骸化した対応で聞き流していたのではないか」
祖父が求めているのは「苦痛や恐怖心さえない
穏やかな死」なのだ。
それを実現してやれるのは自分しかいないと
健斗は思った。

そして、祖父に楽をさせるように、できるだけ
「手をさしだす介護」をするよう心がけることにした。
つまり祖父がなるべく自分で動かないように仕向け、
体を衰えさせて死期を早めてやろうというのだ。

健斗は、それを実行に移す一方、自分の体は、
筋力トレーニングで鍛えていった……。

就職活動をしながら、なんとなく不安な毎日のなか、
祖父とのやりとりは飄逸でもある。

老人のもつしたたかさと、それに否応なく振り回される
若者の苦闘。

作者は、先行きの見えない日本の現状と、
高齢化社会の問題をみごとに戯画化してみせた。

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«記憶喪失の君と、君だけを忘れてしまった僕。