子どもの作文に伏せ字! いったい何を書いたんだ?
文章について、「自分の見たまま、感じたままを、自分の言葉で書け」というような人を、私は信用しない。
そして、このような言いぐさが欺瞞であることを豊田正子『綴方教室』(岩波文庫)は証明している。
『綴方教室』は、きのうの『文章読本さん江』に書かれていたので興味を感じ読んでみた(ある年代以上の人は、柳亭痴楽のつづりかた教室を思い浮かべるかもしれない)。
この本は、戦前の小学校の作文教育で、すぐれた成果をあげた豊田正子の作文と、その先生の指導記録から構成されている。
そして、この指導教師である大木顕一郎が掲げている作文指導方針こそ「自分で物を見、自分で判断し、自分の言葉で心から物をいう」なのである。
たしか、澁澤龍彦さんも、『綴方教室』のことをどこかで書いていて、当時の作文指導に対する嫌悪感を書いていたと思う。
文章とは、中身のない頭から絞り出すようにして書くものなのだ。
この本を読むとわかるのだが、指導教師である大木は、豊田に細かいアドバイスを与え、何度も作文を書き直させる。そして、豊田の作文はみるみる上達していくのだ。
さて、斎藤美奈子さんも書いていたが、これのどこが、「自分で物を見、自分で判断し」なのだ。
教師の目で見、教師が判断して手を入れさせているではないか。
そればかりか、指導教師たちは、『綴方教室』を出版する際、豊田の文を改竄までしているのだ。
以下が、改竄した文章の一部だ。
「~きた人たちに、「おぢちゃん、………」ということです」
かっこ内は、豊田の弟が来客に何かを尋ねているのだが、………は、教師が勝手に伏せ字にしたのだ。まあ、伏せ字にするかな、ふつうは。
岩波文庫でこんな単語が印刷されているのは、この本くらいのものだろう。
………にどんな言葉が入っているかは、岩波文庫版26頁で確認していただくとするが、これだけでなく、いたるところ教師による改竄が行われていた。
豊田正子の作文は、たしかに素直でいい文章だ。しかし、その裏には、豊田と教師の、栄光と理想と挫折というドラマが隠されていて、興味がつきない。
