« 手前、昭和の生まれでござんすが…… | Main | 人の一念石の花をも咲かす »

2006.04.15

地味で気重な稼業ときたもんだ…

 音楽や演劇の派手なパフォーマンスに比べて、物書きの仕事は、実に地味なものだ。何より、孤独でひっそりした仕事である。一冊の本を書き上げても、何か劇的な事態が起こるわけでもなく、当の本ができあがってくるころには、すでに別の仕事に入っている。
 何故、このような地味でむくわれない仕事を続けるのか……。

 というような甘えた気分を吹き飛ばしてくれたのが、井波律子『中国文章家列伝』(岩波新書)である。
 逆境を乗り越え、貧窮に苦しみながらも、書くことへの執念を失わなかった10人の文人像が描かれている。

 宦官となって生き恥をさらしながらも大冊『史記』を書き上げた司馬遷、乱世の濁流に飲み込まれながらも書くことをやめなかった顔之推、などなど。
 一筋縄ではいかない文人たちの生き方から、ああ、自分などまだまだ、と思わされたのだった。

 書く、という行為は、きっとそうとうな執念を持たなければ続けられないものなのだろう。
 この日記は、いつまで続けることができるだろうか……。

|

« 手前、昭和の生まれでござんすが…… | Main | 人の一念石の花をも咲かす »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 地味で気重な稼業ときたもんだ…:

« 手前、昭和の生まれでござんすが…… | Main | 人の一念石の花をも咲かす »