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2006.04.06

聖地を結ぶネットワークと夢見について

 これまで唯一海外旅行に行ったのはエジプトだ。このとき、ギザのピラミッド近くにある石切場を見せてもらった。
 あの、大きな石をどうやって切り出すのか。
 石の「目」にそって、いくつも小さな穴を開け、そこに木の棒を差し込んで水をかける。棒が水を吸い込んで膨張し、石は「目」に沿ってぱきんと、きれいに割れる。

 植島啓司『聖地の想像力』(集英社新書)によれば、このような石切場が、エルサレムのような聖地になったという。
 そして、聖地は絶対場所を動かないのだそうだ。エルサレムは、ユダヤ、キリスト、イスラムのほかに、100以上の宗教の聖地だった形跡があるという。

 宗教にとって、いちばん大事なのは、神と特定の場所との結びつきだということだ。日本の神社などを考えてみても、なんとなく納得できそうな気がする。
 それで、神話とは、物語であるとともに地理学でもある、という著者の話もなるほどと思わせる。

 日本の高野山、熊野、吉野、天川なども、いまは交通機関がなくて行き来に不便だが、実は古道を使えば、意外と近いのだそうだ。
 つまり、これらの聖地には、現在では見えないネットワークがあったということだ。キリスト教の聖地も同じらしい。

 もうひとつ面白かったのは、聖地とは「夢見の場所」であったということ。ふーん。

 著者はグラハム・ハンコックのインチキ本などを信じている節があるのだが、新しい発見はたくさんさせてもらった。

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