何だ、そのざまは? まるで乞食じゃねえか!
何年か前のこと、ある知り合いから急に電話がきた。急ぎで話したいことがあるからきてくれないかというのだった。
彼は、私がフリーライターになるきっかけをつくってくれた恩人のひとりであった。
そういう人間からの電話だ。夜分だったが、彼の家に向かった。
訪ねてみると、彼はすでに酔っているようだった。まともに立てないようでもあった。
尋常な様子ではなかった。
彼は、私に酒を勧めながら、私が駆け出しのころ、いかに仕事ができなかったかを話し始めた。「いっちゃー悪いんだけど、……」そればかり何度も繰り返した。彼が私のことをそのような目で見ていたとは知らなかった。
俺はいま、仕事をひとつ始めようとしている。あんたに、その仕事ができる力があるかどうか、確かめたいのだ、という。
確かめるも何も、そんな仕事受けるとも受けないとも、こちらはいっていない。いまそんな時間もない。
話を聞いてみると、新しくつくる業界誌の使いっ走りのような仕事だった。私でなくてもできる人間はいくらもいる。
彼にはすでに恩は返したつもりだった。
この仕事をやれば、月○○万円入るんだ、という彼を残して辞去した。
あのときの彼の、亡者のような顔が忘れられない。寂しい別れだった。
『ゴーリキー短編集』(岩波書店)の2番目に読んだのは、「チェルカッシュ」。
親分肌の泥棒チェルカッシュと、純朴な百姓の青年の話。金がなかった青年は、チェルカッシュの泥棒の片棒を担がされてしまい、現金を見たとたん目がくらんだ。
チェルカッシュにすがりついて叫ぶ。
「親方! ……わしにその金をおくんなさい! お願いだから、それをわしに呉れておくんな! そんな金、お前さんに、何でもねえじゃねえですか!」
金は欲しいが、魂まで乞食にはなりたくない。
