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2006.05.22

悲しさのあまり、死人の口吸いたるに

 父親の葬儀のときのことだった。私は喪主として、いちばん前の席にいた。葬儀屋のつくった、故人の思い出ビデオみたいなものが流れて、会場が少ししんみりしたときである。突然、ビデオが中止され、会場が明るくなった。

 何事が起きたのか、わからなかった。葬儀屋の係員が駆けつけてきて、住職が呼んでいるという。
 行ってみると、会場のイスの並べ方が気に入らないというのだった。一般的には、遺族・親族の席は、祭壇に対して横向きに並んでいる。それを正面に向けろという。着席していた来賓にもいったん立ってもらい、イスを並べ直した。

 はじめての喪主で、ひたすら無難に終わればいいとの願いは、はなからうち砕かれた。
 この坊さん、迎えに行くと、1分早く行っても遅くなっても許さない。斎場では、遺族全員で出迎えないと気にくわない。まるで腫れ物をさわるように気を遣わなければならなかった。

 このとき思ったが、遺族って、こういうとき、いちばん癒されなければならない人間だろう。遺族にこんなに気を遣わせてどうする。

 書いているうちに腹が立ってきた。気分を変えよう。
 今日の一冊は幸田露伴『連環記』(岩波文庫)。露伴最後の作品だという。
 名僧たちの、心が洗われるようなエピソードで綴られた中編である。
 なかでも、恋しい女が死んで、埋葬するのも惜しみ、何日か経た後、口を吸ったら「あさましき香」がして、執着を断った、という寂照のエピソードが面白い(心が洗われる話ではないが)。
 寂照(大江定基)は、これがきっかけで出家することになる。

 俗物と、名のある僧侶は違うものだと思った。

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