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2006.08.20

著者と読者とは巨大な深淵で分たれている

 私は、飲み屋に行ったとき、自分が著述業者であることを明かさないようにしている。
 以前、何度も不快な目にあったことがあるからだ。

 私がライターであることを知ると、たいていの人間は「どんなものを書いてるの」と聞いてくる。
 私が実用書だと答えるとほとんどが「なーんだ」といった顔をする。
 不快である。

 もっと不作法な人間は、新しい本ができたら見せてごらん、などと言ってきた。
 俺が見てやる、といった態度なのだ。
 それは話が逆だろう。自分で書いた文章を持ってきて、見てください、というのなら、面倒だけど見てやらないでもない。
 しかし、なんで、ほかの読者が金を出して買ってくれているものを、ただで見ていただかなければならないのだ。

 思うに、文章というのは、上手下手はあっても、誰でも書けるものなので、自分でも批評できるものと勘違いしやすいのではないだろうか。
 プロとアマチュアの区別もつかないような人間は、自分が一度もプロ意識をもって仕事をしたことがないのだろう。たかがしれている。

 ゲーテ『詩と真実』(岩波文庫)。
 ゲーテはこう書いている。
「私は、著者と読者とは巨大な深淵で分たれていることを、そして有難いことに、双方ともそれをまったく理解していないことを、あまりにもよく味わった。

 え、もしかして、私も、ゲーテ様と同じものを味わっているのだろうか。おそれ多いことだ。

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