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2012.03.29

菊池幽芳『己が罪』

『巨人たちの本棚 偉大な経営者はこんな本を読んでいた』(光文社)
好評発売中!


同書で取り上げた本のうち、いくつか載せきれなかった
情報を追加しようと思います。

まずは、井深大さんの少年時代の愛読書から。


菊池幽芳「己が罪」
(講談社『大衆文学大系2 小杉天外 
菊池幽芳 黒岩涙香 押川春浪集』所収)

2段組み全集本で260ページという、かなりの大作。
家庭小説、新聞小説の代表作だ。


明治30年(1998~)代、ほぼ時を同じくして、
日本文学界に、自然主義文学と家庭小説という
新しいジャンルが起こった。

日清戦争後、
樋口一葉が25歳で没し、紅葉の『金色夜叉』が、
好評を博して以降である。

悲惨小説、深刻小説と呼ばれた自然主義に対し、
家庭小説は、光明小説とも呼ばれ、
もっぱら女性の読者層を対象にした
通俗小説というとらえ方をされている。

その家庭小説の三大傑作といわれるのが、
徳富蘆花『不如帰』、そして菊池幽芳の
『己が罪』『乳姉妹』である。


幽芳の『己が罪』は、通俗小説とはいいながら、
骨太な構成力、堂々とした語り口、
にじみ出る和漢学の豊富な素養、
精緻に描かれた人情の機微など、
とうてい当今の作家の及ぶところではない。


しかし、この作品が、現代でも迎えられるかといえば、
NOだろう。

わずか17歳の女学生である悲劇のヒロインが、
悪漢である医学生に騙されて子を孕み、捨てられる、
という発端から、異常な正義感をもつ華族との結婚、
知らされていなかった医学生との子の生存と運命的出会い、
その子と夫の子の水死、真実を知った夫の海外放浪、
過去を捨て台湾で看護婦となるまで、
波乱万丈の人生を送る。

最後はハッピーエンドを迎えるのだが、
ほとんど強姦に近い目に遭いながら、
それを、一生「身の穢れ」「己が罪」と負い目にするなど
現代の倫理観からはほど遠い。

また、大時代がかった、華族と平民の差別、男女差別、
はては、ヒロインの父の割腹自殺などは、
現代では失笑ものだ。


しかしながら、ここで描かれたテーマは、
実は、現代人の恋愛、結婚観にも通じている。
「身の穢れ」などといえば、古風な感じがするが、
現代でも、惚れたはれたとなれば、元カレや隠し子は、
当事者にとっては、どろどろの大問題になったりする。

泥沼の愛憎劇。
そう、家庭小説は、テレビの昼メロ(死語?)の、
遠いルーツなのである。


幽芳は、大阪毎日新聞で、「小説記者」として活躍した。
彼は、新聞小説に対して、
「新聞小説を純文士に求めるのは間違いで、常人以上の
想像力と強い好奇心を持った、新聞小説家という特殊階級の
文士でなければならない」(同全集の解題より)
と述べていたという。


この全集には、ほかにも、やはり井深大の愛読書であった
小杉天外の大ベストセラー「魔風恋風」が収録されている。
こちらも女学生を主人公にし、貧困と、女性の自立と、
友人とその婚約者への思慕がテーマ。

小杉天外は、ゾラの自然主義の影響を受けながら、
大衆受けのする新聞小説「魔風恋風」が大ヒットし、
掲載元の読売新聞は大幅に部数を伸ばしたという。

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