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2012.07.30

メメント・モリ

仕事を効率よく進めるために、
非常手段をとる。
ちょっと、ヤバい状況になってきたからだ。

まず、
自宅仕事部屋に自主的にカンヅメになること。
散歩も最低限にする。

それから、しばらく断酒する。

あとは、眠気対策。
とにかく、眠くなったら短い仮眠をとる。
頭をベストコンディションにしたいから。

総力戦だ!

昨日のオリンピック柔道、韓国選手に少し同情。
審判3人が韓国選手の旗をあげたが、なんと、
すぐにその判定がくつがえされ日本選手が勝ったのだ。
韓国選手は明らかに劣勢だったけど、
一旦喜ばせておいて、判定くつがえすなんて
ヒドい。

実は、私の本は何冊か韓国語訳が出ていて、
いわば、韓国の皆さんはお得意様なのだ。
だからといって、胡麻すってるわけではないですよ(笑)。

いまの仕事の資料の1つ。

●『メメント・モリ』藤原新也(三五館)

メメント・モリ--死を想え。

名著『東京漂流』の著者が放った「死」の写真集。
といっても、おどろおどろしい遺体写真がわんさか
でてくるわけではない。

例の、インドでの、ヒトの遺骸がイヌに食われている
写真なども入っているけれど、
ほとんどは、静謐な風景のなかにひそむ
死の気配や予感や希求を写し取った写像だ。

藤原新也の写真には、どれも「沈黙」が視覚化されている。
説明的な写真など一切ない。
だが、沈黙の陰には、凍っていた饒舌が堰を
切ろうとしているかのようだ。
死のような静けさと、横溢する生命力。

藤原新也が本書でいいたかったことは、これだ。

「街にも家にもテレビにも新聞にも机の上にも
 ポケットの中にもニセモノの生死がいっぱいだ。
 本当の死が見えないと本当の生も生きられない。
 等身大の実物の生活をするためには、等身大の
 実物の生死を感じる意識をたかめなくてはならない
 死は生の水準器のようなもの。
 死は生のアリバイである」

私たちは、生のアリバイである死を想い、
実物大の生を必死で生き抜くしかない。

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