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2016.12.30

流(りゅう)

早いものでやがて今年も終わろうとしている。
この一年何をしていたのか、内心忸怩たるものがある。
それはともかく、来年に期待を込めて。


●『流(りゅう)』東山彰良(講談社)

直木賞受賞作。
帯には「二十年に一度の傑作!」(北方謙三)とある。
いやが上にも期待が高まる。

要約の難しい作品だ。
背景には、台湾の歴史がからんでいる。
中国本土における国民党と共産党の熾烈な戦い。
国民党の勇士であった主人公の祖父。

その祖父が何者かによって殺される。
主人公は、可愛がってもらった祖父を殺した犯人を
追及する。

だが、これはある種の青春小説だ。
喧嘩に明け暮れた主人公の高校生活。
そして、淡い恋愛。
二人を引き裂く兵役生活。

読むうちに「血」とは何かを考えさせられる。
我々は「血」から逃れられないものなのか。
そう、たぶん、我らは「血」から逃れることはできない。

期待が大きすぎて、ページを繰るのももどかしい、
とまではいかなかったが、骨太の読ませる作品だった。
読後、深い余韻が残った。

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2016.12.20

羊と鋼の森

●『羊と鋼の森』宮下奈都(文藝春秋)

本屋大賞受賞作。
ピアノの調律師という地味なテーマを、
よくこれほど感動的に書き上げたものと思う。

ピアノに興味を持ったこともなかった高校生が、
体育館で垣間見た調律師の仕事に魅せられる。
卒業後、調律師の学校で学び、地域のピアノ店に
就職する。
そこは、あの体育館で作業していた憧れの調律師
がいる店だった。

調律という仕事は、ただ、ピアノの音程を合わせる
というだけの作業ではない。
音を柔らかくしたり硬くしたり、明るくしたり暗くしたり、
よく響かせたりくぐもらせたり。
調律師の腕一本で、ピアノの音色は千変万化する。

調律師もさまざまだ。
徹底的に客の要望に応えようとする者、
客の実力に合わせて適度な音に調節する者、
一流音楽家のコンサートに密着する者……。

主人公は、これらの個性豊かな調律師たちに
学びながら一歩ずつ成長していく。

繊細な言葉遣いと抑えた筆致で淡々と進む物語に
深く心に刻まれる味わいがある。
決して表舞台には出ない仕事ながら、素晴らしい
奏者と出会った時の喜びは果てしなく大きい。

読後、静かな感動に包まれる良質な物語だ。

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2016.12.16

君にさよならを言わない

●『君にさよならを言わない』七月隆文(宝島社文庫)

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の作者の
ハートフル・ファンタジー。
『ぼくは明日』がまあまあ面白かったので読んでみた。
事故が原因で霊が見えるようになった主人公が、
出会った霊の望みを叶えていく連作短篇集だ。

たとえば、最初の短編は、6年前に死んだ、主人公の
初恋の相手との叶わなかった約束を果たす物語だ。
短いながら爽やかな余韻を残す作品たちだ。

しかし、このところ、暫く親しんできた久生十蘭を
読んできた目で見ると、いかにもライトだ。
物足りない感も残る。
まあ、比べろというほうが無理かもしれない。
現代の多くの読者はこのライト感を求めているのだろう。

先日、若い知人に澁澤龍彦の小説を勧めたら、
漢字が多くて、1ページ目でリタイアしたと言っていた。
まあ、それはそれでいいのかもしれないけれど。

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2016.12.13

コンビニ人間

●『コンビニ人間』村田沙耶香(文藝春秋)

芥川賞受賞作。
評判がいいので読んでみた。
作者はこれまでにも、野間文芸新人賞、
三島由紀夫賞などを受賞している。

おなじみのコンビニの裏側を見てみたいという
好奇心を満たしてくれるだけの小説と思っていたが、
それだけではなかった。

主人公は大学時代、コンビニのバイトを始めて以来、
36歳の現在までほかに就職もしていない。
もはや、コンビニの一部と化したような「コンビニ人間」
なのだ。

そのような主人公に家族、友人たちの目は冷たい。
なぜ、36歳にもなって、就職も結婚もしていないのか。
どうやら、恋愛体験さえないらしい。

ある日、主人公のコンビニにある男のバイトが入ってくる。
ところが、この男が超問題児。
仕事はサボるは、言うことはきかないは、あげくの果てに、
客の女性のストーカーになりかけ、ついにクビになる。

主人公は、ひょんなことから、この男と奇妙な同居生活を
始める。
お互い、世間からははみ出し者同士。
だが、家族や友人は、主人公が男と同居しているという
だけで、見る目が変わってきた……。

なぜ、コンビニ人間ではいけないのか。
主人公にはわからない。
就職や結婚がそんなに大切なものなのか。
就職や結婚をしなければ人間として認められないのか。
思わず、主人公を応援したくなる。

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2016.12.09

内地へよろしく

今年はイチョウの散るのが遅かった。
いよいよ冬色が深まってきた。
当地へ越してきてからもうすぐ一年が
過ぎようとしている。


●『内地へよろしく』久生十蘭(河出文庫)

十蘭の戦中小説。
十蘭は戦時中、従軍報道員として南洋に
派遣されているが、その体験が色濃く
反映されいる。

画家である松久三十郎は海軍報道班員として、
南洋の基地に滞在していた。
ある日、ニューギニアの日本領土の最南端を
孤立無援で守っている兵士たちがいることを知り、
そこへ行くことを志願する。

目的地まで送ってもらった山吉船長、どん助、
カムローという個性豊かな面々との出会い。
カムローは海の底を「歩いて」渡るという、
驚異能力の持ち主だ。

たどり着いたのは、補給も絶え絶えで、
自給自足で生き抜いている兵士たちのいる地だった。
主食は生のヤム薯。
絶え間ない敵機の攻撃にさらされている死の際だ。
生き物といえば、兵員が体温で卵から孵したという、
雌鶏一羽だけだった。

三十郎は彼らの覚悟ある生き方に惹かれていくが、
激しくなる敵の攻撃に、内地へ戻ることを勧められる。

一旦は内地へ帰る三十郎だが、最前線への思いが
断ち難く、再び、戦地へ戻って行く……。

敗色濃くなっていく戦時中の作品ゆえ、国威発揚の
企図が感じられるが、そこは十蘭。
魅力的な登場人物たちが織り成す濃密な物語を堪能した。
やがて迎える死に立ち向かう人物たちの姿が凛々しい。
最後のシーンは思わずじんとした。

この長編は、後にぐっとコンパクトにされて、
「風流旅情記」(出帆社『巴里の雨』所収)という
短編として結実する。
そちらと読み比べてみるのも一興。

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2016.12.02

美国横断鉄路

●『美国横断鉄路』久生十蘭(奢灞都館)

三一書房版全集や出帆社版に収められていない
十蘭作品が収録されている。
十蘭が得意としたジャンルのひとつである実録小説
11編の饗宴。
過酷な状況に翻弄される人間たちの姿を十蘭は
好んで描いた。
表題作ともなっている「美国横断鉄路」は、アメリカの
横断鉄路が建設されるときに、米国人が大量の支那人
を酷使し、残虐の限りをつくした模様が非情に描かれる。
酸鼻を極めるその記述は心胆寒からしめる。
戦中戦後、十蘭はアメリカ人の残虐性をテーマにした
作品を多く残した。
時代を感じさせる。
個人的には三一書房版全集の2巻目に収められた
燦めくような純粋創作短編群が好みだが、
その十蘭のあまりスポットを当てられない実録物を
収集した本書の意義は大きい。

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